【第20巻】読まなくとも、詠めなくとも。シャーマンキング無印原作感想【第171廻~第179廻】

シャーマンキング無印感想、第20巻です!

今回は第171廻~第179廻の感想を書いていきます。

恐山ル・ヴォワール後半部分と、エピローグ編の序盤に突入。

前回同様、道蓮推しの自分としてはリアル連載当時に非常にやきもきしながら読んでいたあたりでもあります。

今となってはまた視点を変えて読むことができるのが大きな魅力。

初回

前回

この感想記事は「改めて書く」が主旨となります。続編も含むシャーマンキングシリーズ全てのネタバレを含みます。

ネタバレ全開ですのでご注意下さい。全てただの主婦である個人の主観による感想考察です。もちろんただの一般のファンなので関係者とは一切関係ありません。

今回の画像はシャーマンキング展、シャーマンキング複製原画展の撮影許可エリアで撮影したものを使用しております。

私は紙版はネットで予約し、電子書籍版はブックライブで購入しています。




目次

第171廻「恐山ル・ヴォワールneuf9」はつもうでに行こう!

詩的な葉くん。自然と一体化できるだけの力はあるし、それに対して現実的に光が反射してるだけと返すアンナさんもその年齢にして反射とか言える地点で学校行ってなくてもちゃんと勉強してるんだな、と思う。

アンナさんも縁日楽しみたいよね。

行きたいのは本心だもんね。葉くんと一緒ならなんとかなるかもって一瞬でも思って行くんだよね。

……えっと、感想の途中ですが、ここで一旦別の話の感想を入れて良いですか?

REMIX TRACK:9 ショウガある

単行本20巻のおまけ漫画の感想です。

いつもなら記事の最下部に設置するおまけ漫画の感想ですが、

本編だと縁日の話が全く描かれずいきなり鬼が出現してしまうので、話の流れに沿って2人が縁日に行ったおまけエピソードの感想をここで描きたいなと思います。

葉くん!カッコよく誘ったけど内心どうしたもんかって焦ってる!

そしてその心が読まれている!!

アンナさんにリードされる葉くん!でもアンナさんも楽しそう!太るからひとつしかいらないけど!!

いやマタムネがついていくんじゃなかったっけ木乃さんちゃっかり一緒に来てるじゃないですか!

アンナさんはこうして葉くんとたこやき食べてる最中でも他人の思念が次から次へと流れてきて、でもこの楽しい瞬間を1秒でも長く続けたいと耐えてるんだな。なんってなんって健気な子なの…!

でも鬼はアンナさんの意思とは関係なく出現してしまうわけで…

これはショウガない

本編のつづき

こうして本編に戻ります。

全然関係ないけど初詣は個人的には寺じゃなくて神社が良いな

除夜の鐘が鳴る。108つの煩悩。

鬼も108匹いるのかな?と思ったけど次回で1080匹って言ってますね 無双か?

大鬼がここで初登場するのですが、そのキャラデザはなかなかインパクトありますよね。

ちゃっかり木乃さん家に帰ってますからね。

第172廻「恐山ル・ヴォワール dix10」大鬼のキャラデザ

大鬼、この初登場の時は恐ろしい存在だなと思うけど後々登場する時はなんか「こんなオッサンいるよね」みたいな印象に変わるの面白いよね。

楽しい事……ない わかった!のコマスピード感あって好き

マタムネが葉くんとアンナさんを心配させないようにとポーカーフェイス決める姿もカッコいい。

でも相当無理している。

魂の数1080食べたらあんなオッサンになるのか…

マタムネの霊力よりも高い鬼だけど、やっぱりスパスタの1億2000万のシヴァ様には遠く及ばないのかな

彼神霊だしな…

マタムネの回想、御霊神がきちんとお辞儀してる後ろ姿が可愛い。

ここで登場するのが熊の爪飾り。

葉くんが第一話から身につけているアクセサリーは元々はハオ様のもの、そしてマタムネが身につけているものだったと判明した時の付箋回収の上手さ。

この話では一瞬しか見る事ができず、この地点で気付く読者は少なかったのかもしれない(私は今気付いた)またマタムネもこの飾りを見えないところに身につけていて上手く隠している。

上手いよなあ…上手い




第173廻「恐山ル・ヴォワールonze11」かまぼこ

自分の腕あえてもぎる知恵があるし、霊力?鬼の魂の塊?だから特段痛みはないんだろうなと思った。

でも口から出血してるな?叫んでるのは知恵がある分演出かな?とも思わなくもないし、あ、いや痛えじゃねえかって言ってるわ!でもなんかあんまり痛そうじゃないな?どっちだ?

息上がってるのは霊力枯渇の為だとは思うけど…よくわかんないけどその辺はスピリチュアルとして処理して良いのかな。

喋るまでに2話くらいかかった?なんでかまぼこ?かまぼこ知ってるの?普通に人間同等の知恵あるな?面白い鬼だな…ママとか言ってんじゃないよオッサン

まあ正直30歳にもなれば人間別に汚い部分なんか持ってても普通に当たり前だし、むしろそれと一緒に同居したり糧にしてプラスに変えて生きていくしかないなと思うんで、お前が心の中にいても

わし

別に?それも『あたし』だし?

って思わなくもないですが(それはそれとしてPMSになるとマタムネでも倒せなさそうな誰にもコントロールできない無敵の鬼が生まれそうですよね笑)

アンナさんくらい純粋なお年頃だとこんなのが具現化したらしんどいよね。それもオッサンだしね。

アンナさんを助けるためにめちゃくちゃ走る葉くん!

その様子にどよつくパンピーモブ!

この「現実」と「見えざるものとの戦い」の狭間を描くのが本当に上手い。

ここにぐーちゃんを絡ませる事によって空と大地が交差するんですよ!孫かわいいね!!

第174廻「恐山ル・ヴォワールdouze12」ファインプレーぐーちゃん

この前のページの大鬼のプロフページにまん太10歳の姿があるけど多分目分量で10倍以上ありますよね。

つまり大鬼は最低800㎝越え。8m級巨人 でっか 怖っ マタムネもまん太とそう体格変わらないだろうに(なんならもっと小さいかもしれない)

8メートルの例えってなんだ…って検索したら西郷隆盛像と同じって出てきた。

ぐーちゃんこの吹雪の中恐山まで送迎してくれる上に更に上着まで貸してくれる!(これが葉くんの戦闘服になると思うと演出もカッコいい)

霊感がまったくないから葉くんとマタムネが大事な話してるのに急にギャグ感出てくる!でもぐーちゃんにとっては全然ギャグじゃないし葉くんはぐーちゃんは無視だしマタムネもぐーちゃんはぐーちゃんって呼ぶし最高のバランスで場面展開されていく!すごい!!

でっかい葉くんの独り言にぐーちゃんもびっくり!!!

パワーアップ!大鬼 髭生えてるしなんかアクセサリー付けてるしホクロまであるし襟立ってるしもっこりだし本格的に人間のオッサン なんでそうなるなぜそんなデザインになる

アンナさんから生まれた鬼ならなんかこの顔の造形に恨みでもあるのかな…アンナさんの実の父親とか?捨てられる前の知人とか?(作者はそこまで考えてないかもしれないシリーズ)

そして闇堕ちしてしまったアンナさん、ラスボス兼ヒロインの出立ち。

青森の金魚ねぶた持ってる所が切なさを際立たせる。

マンキン展の青森展行った時に私もお土産屋で買いまして今も飾ってます。かわいい。石ポイポイ投げる。

葉くんの「風邪ひくぞ!」はギャグではなくほんとにアンナさんを心配しての発言なんだけど、それがアンナさんには届かない。

憎み憎まれると言っているけど自分が病んでると他人からの優しさをシャットダウンして被害妄想に陥るやつですね。実際は憎まれるばかりではないんだけどね。

第175廻「恐山ル・ヴォワール treize13」さらばマタムネ

葉くん渾身の憑依合体にビビる大鬼。

憑依合体にビビる大鬼(二度言う)

鬼は憑依合体もオーバーソウルも知らないよな

そりゃびっくりするわな

信じ抜く心。そう言われても現実はとっても難しく、信じられない時の方が多いかもしれない。だから後悔をする時もあるし、悔しい思いもするし、人を全く憎まないで生きていく人なんていないし、でもそこと折り合いをつけて繰り返して人は生きていくのかな。

人は失敗をしても学習できるし考えることができるもんね。

失敗が許されない物は1人で抱えないで複数人で対応してダブルチェックトリプルチェックするとかね

失言して失った人間関係は次に生かせるかもしれないしね(それはそれとして天井が見えてきてる私のような世代には難しいよねほんっと…)

確かにこちらが信じればこちらから敵対することはない。向こうからは敵視されるかもしれないけど気にしなければ良い話で…

大切な人がたとえ間違っている事をしていたとしても大切にしたい。そうしたいと思う自分を信じる事。

自分はどうしたいのか。

自分に正直に生きる事。

そうやって生きていければ自分は幸せに近付けるかもしれない。マタムネは葉くんだけではなく読者にもそう訴えてきたんですね。きっと。(解釈違いあったらすみません)

マタムネがようやく自分の願いを託せる人物が現れる。

葉くんはマタムネに助けられてここまで来たのかもしれないけれど、マタムネもまた葉くんに救われたのですね。その対等な関係が「友」なんだろうなと思います。

葉くんがマタムネを呼ぶのはもう少し後のことになるのかな。続編に期待。




第176廻「恐山ル・ヴォワール quatorze14」愛なのだという事。

マタムネが自分の全てをかけて姿を変え、葉くんが鬼を討つ。

葉くんが大切にしているマタムネを犠牲にしてまで助けようとするその姿にアンナさんは心を取り戻していく。

でも受け入れられない。アンナさんは全てを憎む自分の事が大嫌いで人から嫌われているのも散々経験しているから、こんな自分に対してそこまでしてくれる人の存在を信じられない。

アンナさんは人を憎む自分の事が嫌いと思える地点で全然汚くないしそれは人間として当たり前のことだけれど、それは誰かが教えてくれないと気付けない。

アンナさんは自分のことが大嫌い。

この世の全てもウラんでいる。

自分にとって葉くんは眩しい存在で、自分には勿体無い、自分といたら不幸にさせてしまう。

でも

自分の事を信じて助けようとしてくれた葉くんの事を、自分の意思以上に愛してしまったんだね。

葉くんがアンナさんを信じてくれたから。

それはマタムネから言わせれば「愛」なのだという事。

全てがこのシーンに繋がっていきましたね。

いや葉くんは突然の告白にめちゃめちゃ照れてますし大鬼は白目剥いてますけどね「今!?」みたいなね。いや今なんですよ。

こんなに人を恨んでいたアンナさんが人を愛していると思ってるんですよ。

この発言を受けて大鬼泣いてるんですけど確かに鬼さんもオッサンになりすぎて持ってるものは人間の感情のソレですから、そりゃ恨んで恨んで生んでくれたママから「消えるのはお前だ」とか言われたら悲しくなるしアンナさんを恨みたくなるし一家心中図りたくなりますってそりゃねえよ生んだのお前だろお前も捨てられた者の気持ちわかるだろ同じ事するんかい!みたいな気持ちになるんですかね?(その解釈でええんか?)

書き文字「ゲソー」は今気付いた 「ゲソー」じゃん

最後の一撃。ここで第一話から登場する熊の爪飾りと1080が出てきますね。これは初見では衝撃展開でした。この飾りはただのおしゃれじゃなかったんだ!って

ずっとずっとあれから5年ばかり葉くんが身に付けていると思うと葉くんにとってマタムネは本当に大切な存在なんですね。媒介なのでマタムネそのものと言っても良いですしね。

1080も今はアンナさんと共にある。鬼も捨てられている訳ではない。よかったね。旅は終わった(かに見えた🦀)

第177廻「恐山ル・ヴォワール quinze15」余韻が残るエンディング

恐山ル・ヴォワール編最終話です。

話の山場は過ぎましたがこの最後4ページを経ての余韻が私は一番好きです。

令和版アニメでも平成版ドラマCDでもルヴォ編は楽しめますが、原作の絵と文字(できれば電子ではなく紙が良い)でしか表現できないこの演出も大好きです。

令和版アニメは日笠陽子さんのモノローグとマタムネの締め、そしてテレビ(本当は先行放送の劇場版が見たかったけど私は第一子妊娠後期に入ってたので断念)で流れたかぴたろうさん作曲の主題歌に涙なしには見られません。

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